アンティゴネ







アンティゴネ
ソポクレス原作・ヘルダーリン訳による舞台用改作
ベルトルト・ブレヒト作 井本道子、W・ミヒェル訳
福岡現代劇場、1977年10月。


登場人物

アンティゴネ
イスメネ
クレオン
ハイモン
テイレシアス
番兵たち
テ−バイの長老たち
使者
侍女たち


プロローグ

舞台にアンティゴネ、クレオン、予見者テイレシアスを演ずる者たちが、登場する。テイレシアスを演ずる俳優が二人の間に立って観客席に語りかける。

皆さん

皆さんにはおなじみが薄いかもしれません。私たちがここで研究を重ねた高尚なことばのこの詩は何千年も昔のものです。かってのギリシャの観客にはなじみ深いものであったこの素材も御存知なかろうと思います。そこで、まずこの素材を紹介させて頂きたい。これがアンティゴネ、オイディプス一族の王女、こちらがクレオン、テーバイの暴君、この娘の淑父。私はテイレシアス、予見者です。この人が遠いアルゴスに略奪戦争をしかけます。この女はその非人間的な行為に反対し、彼に殺されます。だが今非人間的といった彼の戦争は失敗してしまいます。かたくななまでに誠をつらぬいたこの女性が結局は、奴隷のようにしいたげられた同胞がその犠牲となるのもかまわずにこの戦争を終らせてしまうからです。どうか皆さん最近、似たような行為が私たちにあったのではないか、いや似たような行為はなかったのではないかと心の中をじっくりさぐって頂きたい。それではこれから、私どもや他の俳優たちが入れ代り立ち代りこの小さな演技空間にお芝居をするために立ち現われるのを御覧頂きましょう。ここはかって、暗黒の時代に、野蛮な生贄のけもののどくろの下で人間らしさが雄々しく立ち上った所なのです。

演者たちは、舞台奥にさがり、他の演者たちも舞台に姿を現わす。

クレオンの王宮の前、明けがた

アンティゴネ(鉄の壺に砂を集めている).......妹、イスメネよ、オイディプスの幹から生えた二叉の小枝のひとつ、お前ならおわかりのはず。あの狂気や苦悩、恥ずかしめの幾らかを。今日まで生きのびてきた私たちに大地の父ゼウスの呪いはまだ足りなかったというのだろうか。長い戦争で、多くの人と共に兄のエテオクレスは死にました。あの暴君の戦争さについていって、まだ若いのに。そしてもっと若いポリュネイケスは、兄が馬のひずめに踏みくだかれるのを見て泣きながらまだ終らぬ戦争を見捨てた。戦さの神は、正しい者には手をさしのべ振いたたせるけれど、そうでない者には別様にふるまうもの。ひたすら逃げたポリュネイケスは、やっとディルケーの流れを渡り、ほっとしてテーバイの市を、その七つの城門を望んだ。ところがその時、クレオンが後から、誰も彼をも戦場にかりたてるあのクレオンが、兄の血にまみれたその人を捕え、切り刻んでしまったのです。滅びゆくオイディプス一族の身の上に、この上、どんなことがふりかかろうとしているか、お前は何か聞きましたか?

イスメネ.......広場にはいかなかったの、アンティゴネ。親しかった人たちでさえ、もう誰もことばなんぞかけてくれはしない。やさしい言葉どころか、哀しいことばだって。だからこれ以上、嬉しくなりようも哀しくなりようもないわ。

アンティゴネ.......じゃあ、私のいうことをお聞き、聞いてお前の心臓が止まってしまうか、それとも不幸の中で一層はげしくうちはじめるか、それを私にみせておくれ。

イスメネ.......砂を集めているあなたは、言葉もまっかに染めて私を挑発なさるのね。

アンティゴネ.......そのまっかな言葉を受けとるのです。私たちの兄は二人とも、鉱欲しさにクレオンが、遠いアルゴスにしかけた戦争にひきずり出され殺された。なのに、二人を同じように土でおおって埋葬してはならぬという。戦さを怖れなかったエテオクレスは、しきたり通り花で飾って弔ってもよいが、哀れに死んだもう一人、ポリュネイケスのなきがらは墓に埋めてもならぬ、その死を悼んでもならぬというお布令が今、まちに出たそうです。嘆く者もなく墓もなく、そのなきがらを禿鷹どものごちそうにせよと。しかもこれを犯した者は石打ちの刑で殺すという。さあ、聞かせておくれ、お前ならどうします。

イスメネ.......まあ、お姉さま、私を試すの?

アンティゴネ.......そう、手をかしてくれるかどうかね。

イスメネ.......どんなおそろしいことを?

アンティゴネ.......なきがらを埋めるのです。

イスメネ.......国中の人があきらめたあのひとを?

アンティゴネ.......国中の人が見捨てたあのひとを。

イスメネ.......謀叛人だったあのひとを!

アンティゴネ.......そう、私の兄を、そして又あなたの兄でもあるあのひとを。

イスメネ.......お姉様、掟をやぶったかどでつかまってしまうわ。

アンティゴネ.......でも、誠をやぶったかどで、つかまるのではない。

イスメネ.......呪われた方、オイディプス一族の者をみんなあの世に送ろうととりつかれてらっしやる。すんだことはほおっておきましょう!

アンティゴネ.......あなたは私より若い、それに恐しさというものがまだわかっていない。すんだことでも放っておいたらすんだことにはならないのよ。

イスメネ.......でもこんなことも考えて。私たちは女なんです、だから男の人たちにそんなに刃むかってはいけないんです。強くもないし、だからこんどのことも、いえ、もっと辛いことでも従わなくちや。だから私は、圧しつけるものはこの大地だけである、地下の御霊に許しを乞うのです、暴力に圧しつけられている私は、その圧制者に従いますと。かいなきことをするのは愚かなことです。

アンティゴネ.......もう頼みません。お前は、誰でも命令する者に従うといい、命令される通り動くがいい。でも私はしきたりに従って、兄さんを葬います。たとえそのために死んだとて、それが何でしょう。私は心安らかに、静かに安らう人々のそばに横たわることになるでしょう、尊い務めを終えていくのですから。この世でよりも可愛がってもらえましょう。あの世では時間もたくさんあるし。私はあの世で永遠に生きるのです。でもお前は恥辱にへつらって生き永らえるがいい。

イスメネ.......アンティゴネ、ひどい人、恥ずかしめを耐えるのは辛いことです。でも、涙の塩にも限りはある、とめどなく流れでるものではありません。斧の鋭さは甘く人生を終らせてくれるでしょうけれど、生き残った者には苦しみの血管を切りひらくのです。悲しみと嘆きの中で、安らうことも許されない。でも、泣き叫びながらも、頭の上には鳥の羽音がきこえ、涙のベールを通して、又、なつかしい故郷の楡の木や、家々の屋根がみえてくるのです。

アンティゴネ.......私はお前が憎い。恥ずかしげもなく、お前の嘆きも次々と落ちこぼしてしまう、穴だらけの前かけなんぞをもちだしたりして。むきだしの石の上には、お前の肉の一部であるなきがらが、空とぶ猛鳥共のえじきとなってさらされているというのに。それももう、お前にとってはすんだことだというのね。

イスメネ.......ただ、私には大それたことができるほどの力はないし、不器用だし。それにあなたのことが心配なのです。

アンティゴネ.......よけいなお世話!あなたは自分の生命と仲よくなさい!でも私には最低の義務は果たさせて。どんな恥ずかしめにあおうとも私の名誉は守らせて。私はきっと、お前ほど感じ易くはない、だから醜い死にも耐えられると思うの。

イスメネ.......じや砂をもってお行きなさい。だって正気じやないんだもの。でも愛する心からのこと。

アンティゴネ、壺をもって去る。イスメネは館の中に戻る。

長老たち登場

長老たち.......戦の獲物は大きいぞ、おお戦車の国テーバイよ、戦い終った我々は忘却の歓びにひたろうぞ!すべての社へいざ集い夜を徹して歌おうぞ!さあテーバイよ、月桂樹を腰に巻き、裸身を揺るがすほどに、バッカスの舞いに狂いに狂え!だが勝利をもたらしたあの男、メノイケウスの子、クレオンは、戦利品と、待ちわびた戦士の帰還を告げ知らせるためか、急いで戦場から駆け戻り、長老たちを召集し、ここで会議を開く。

館からクレオン登場

クレオン.......みなの者、次のことを国中の者に告げ知らせよ。アルゴスはすでにない、決着はみごとについた。十一の市民軍の隊列から逃げおおせた者はごく、ごくわずかだ。しかるにテーバイはどうか。テーバイよ、お前はすぐにも二重の幸福にひたれよう、お前は不幸にくじけない、くじけるのは不幸の方だ。血に飢えたその槍は最初の盃で渇きをいやし、次から次へと盃を重ねた。テーバイよ、お前はアルゴスの民をあれ果てた地になげふした。お前をあざけった奴らは、今、国もなく、墓もなく、荒野に横たわっておる、かって町であった所をみやれば、眼を輝かせた犬どもがみえる。たくましい禿鷹どもがそこへとんでいく、屍から屍へととび歩き、あまりにおびただしいごちそうに、とびたつこともできないほどだ。

長老たち.......王様、あなたは途方もないことをすばらしく描いておみせになる。それにもう一枚の絵をうまく添えられましたら、後の世までも賞め讃えられることになりましょうぞ。さあ、我らのものを山と積んだたくさんの車がここへ走ってくる絵を!

クレオン.......すぐだ、わが友よ、それももうすぐだ。さて、仕事にうつろう。諸君はまだわしが神の館に剣を戻すのをみていない。つまりここに集まってもらったには特に二つの理由がある。そのひとつ、諸君は戦さの神に支払う、敵を踏みつぶす戦車の代金の収支をないがしろにし、戦場で捧げる息子たちの血も出し惜しんでおる。だが、もし戦さの神が弱りはて、敗けてぬくぬくした屋根の下に帰ってきたりしたら勘定は大変高いものにつくのだぞ。だからテーバイの民に、出し前は普通以上ではないことをさっそく知らせてほしい。それにもうひとつ。テーバイの民はいつも余りに寛大すぎる。再び救われるやあえいで帰る兵たちの汗をすぐさまぬぐおうとする。その汗が、怒りと共に闘った汗か、臆病者の逃げ帰る挨にまみれた汗かを意にもとめずに。だからわしは、諸君たちも認めてくれようが、国のために死んだエテオクレスは花で飾った墓に葬ってやるが、あの卑怯者のポリュネイケスは、わしにも、エテオクレスにも身うちだが、アルゴスの味方、アルゴス人同様葬わずに捨ておく。彼はアルゴス同様、わしにとってもテーバイにとっても敵だったのだ。だから、何人たりとも、彼が葬われずにうちすてられているからとて嘆くことは許さぬ。禿鷹や犬どもの餌食にしてみせしめにするのだ。己れの生命を祖国よりも大事にする者なぞに用はない。だが我が祖国をうやまう者には生死の別なく、常に私の尊敬を授けようぞ。どうかこのことを承認してもらいたい。

長老たち.......承認いたします。

クレオン.......ではその通りとりはからってくれ。

長老たち.......その仕事には、若い者をおつけなさい。

クレオン.......いやそのことではない、死体にはもう見張りを出してある。

長老たち.......では、私らには生きている者の見張りをせよと?

クレオン.......そうだ、これが気にくわぬ者もいるからな。

長老たち.......死にたがるようなおろか者はこの国にはおりますまい。

クレオン.......公然とはおるまい、だが時には、首が落ちるまで、ひたすら、首を横にふりつづけるやつもおるものだ。だからこそ、こういうこともせねばならぬのだ、残念ながらそれ以上のことも必要だ、この国を粛清しなくちや.....。

番兵.......王様!総統殿、息もつかんで大急ぎのお報せを、もってきましたです。なぜもっと早く来れんのかなどとおっしゃいますな。足が頭をおいぬいたり、頭が足をひっぱったり、いや、もう、どげん遠かろうと、暑い陽ざしの中、息もきらずに、どげん走らにゃならなかろうと、とにかくひた走りに走ってきたんでありますから。

クレオン.......なぜそう息せききっておる、いや、何をそうためらっておる、

番兵.......隠し立てはいたしません、自分の仕わざじゃないんでありますから、何で、隠したりなんぞいたしましょうか?それに知らんのです。誰があなた様にそむいてそんなことをしたのか、私は全然知らないんでありますから。でありますが、そんな何も知らない者も、きびしいお裁きがでるのではと意気もそそうのたれしよんべん。

クレオン.......用心しているようだな、自分の仕わざじゃないことを、大急ぎで報告して、そのりっぱな早足に、花輪でも貰おうという算段か!

番兵.......王様、あなたは私ら番兵にどえらい仕事をおおせつけになりました。ですが、どえらい仕事ってえのはどえらく骨もおれるもので。

クレオン.......それならさっさと用件だけいって立ち去れ。

番兵.......では、申し上げます、何ものかがたった今、あの死体を埋めて立ち去ったのであります。禿鷹に狙われぬように死体の上に砂をかけて。

クレオン.......何だと?誰だ、そんな大それたことができたのは?

番兵.......全くわからんのであります。鋤のあともなければ、鍬のあともない、地面はまっ平で、わだちの跡もない、下手人の痕跡は、まるでなし。墓標もない。ただうっすらと砂がかかっている。おふれをはぱかって、たくさんの砂はもってこれなかったようで。けものの足跡もないのであります。死体を食いぢぎりにきた犬の足跡さえも。夜があけてことを知った時、みんなぞっとしちまいました、おまけに、それをお報せするくじを、私がひきあてたという次第、総統どの、いやな報せのお使いは誰にもいやな家やもり。

長老たち.......お聞きなされ、メノイケウスの子、クレオンよ、これはこの世ならぬ者の仕わざではありますまいか、

クレオン.......だまれ、これ以上俺をおこらせるな。あの世の霊が、神殿やいけにえを冷酷にも恥ずかしめた、あの臆病者をいつくしむとでもいうのか!そうではない、この国に、わしに悪意をもって不平をいう輩がおるのだ。そいつらはくびきの下でも俺にちやんと頭をたれんのだ、俺にはよ−くわかっておる、こいつらが、わいろを使ってこういうことをやらせたのだ。およそ刻印をおしたものの中で、銀ほど仕末におえんものはない。こいつが、国中のものをたぶらかし、男どもを家からおびきだして、罪深い行為にはしらせるのだ。だが、よいか、お前がこの下手人をわしの所まで、ひきずってこなかったらあの世ならぬこの世の生きた下手人を板にはりつけて、その罪を証明しなかったら、お前はしばり首だ。首に縄をつけたままあの世に送りこんでやる。そうすれば、あの世で、金の儲け方がわかろうぞ、死体にからみ、略奪物をわけあったところで何の得にもならなかったってことがな。

番兵.......王様、たしかに私らごときものにはおっかないものはたんとありますわ、あなた様がほのめかされたあの世に通じる道なんぞ私らにはあり余るぐらいでして。今は、あなた様に口答えしてお怒りにふれるぐらいなら銀をうけとったとした方が、まだ恐ろしさは少ないんでありますが、それでも全く恐ろしくないってわけじやありませんのでありまして。もし受けとったとお思いなら、私めの財布を何べんでもひっくり返しておみせします。でも一番恐いのは、犯人さがしの中で麻布のようなものでもみつかったらということ、お偉い方の手にかかったら私らには、銀よりもその手のひもの方がずっと意味があるからね。どうか、わかっていただければ−−。

クレオン.......わしになぞをかけるのか、みえすいたやつめ!

番兵.......どえらい死人がどえらいお友だちでもみつけられたんでがしょう。

クレオン.......偉すぎて届かなければ、そいつのすねにでもくらいつくのだ!わかっておる、不満な輩はお前たちの所にもわしらの所にもおるからな、そういう奴らが、わしの勝利によろこびふるえているようにみせかけて実は不安にふるえながら月桂樹の冠をかぶせにくるのだ、そいつらをみつけだしてやる。

館に去る

番兵.......何て腐った所だ、エライさんどうしがとっくみあいのけんかだ!で、おいらは、どうやら、無事のようだな、こいつは驚き!

去る

長老たち.......世にすさまじきもの多かれど、げにすさまじきは人間か、冬に逆らい南風吹けば、うなりをあげて走る帆船で、海の闇にも漕ざ出でる、天の恵みの大地をば、不老不滅の大地をば、来る年来る年あきもせず、うまずたゆまず馬追いたてて、鋤きかえし堀りかえす、空飛ぶ鳥やけだものを、わなにかけたり狩りたてたり、潮におどる魚なら、たくみ編んだ網でとる、さかしきかな男たちよ、山をさすらう野獣なら、知恵とわざとでしめあげる、たてがみあらきあばれ馬、野をかけめぐる野牛など、くびきでうなじしめあげる、さらには言葉も学びとる、風のようなる自由な思想、国を治める法律も、いやな風ふくこの丘の、湿気や矢の雨避ける知恵、すべてを学べど何も学ばず、とまるところを知らぬその欲望、いたる所に知恵ひらく、その知も結局役立たず、そのいとなみの限りなき、だがただひとつ限りあり、その限りとは敵なくば、おのれの身をも敵にする、野牛のうなじまげたよう、仲間のうなじもねじまげる、仲間もまけずに反撃し、相手のはらわたえぐり出す、ぬきんでようと他人をふみつけ、一人では胃袋さえも満たせぬに、己れの財産には囲いをつける。その壁をとっぱらえ!屋根を雨にむかって開けるのだ!人間は人間らしさを全くちっとも大事にしない。かくして人間は我と我が身をすさまじくする。だがこれは神の試練ではなかろうか、あの娘と知りながらそうではないといえという。アンティゴネ、不幸な娘、不幸な父オイディプスの不幸な娘よ。どんな力がお前をひったてていくのか、国の掟に逆らったお前を一体どこへひったてていくのか?

番兵、アンティゴネをひきたてて登場

番兵.......こいつです。こいつがやったんでがす。墓をつくってるところを私らがつかまえたんで。でもクレオン殿はどちらに?

長老たち.......ほら、ちょうど館から出ておいでだ。

クレオン、館から登場

クレオン.......何だってこの女をつれてきたのだ。どこでひっとらえたのだ。

番兵.......こいつが墓をつくってたんであります。それで十分でがしょう。

クレオン.......こんどははっきりものを言いおる。だが、お前はそれを自分でみたのか。

番兵.......見ましたとも、御禁制の場所でこの女が墓をつくっているのを。運がよけりやすぐにはっきりするもんでさ。

クレオン.......報告しろ。

番兵.......事の次第はこうであります。私があなたにたんまり脅かされて帰りましてから私らは死体の上の砂をはらいのけ、荒野にそいつをさらし風をよけて高い丘の上に腰をおろしたのであります。何しろ死体からものすごい匂いがしますんで、はい。私らは、眠りそうになったらお互いにひじで横っぱらをつつきあおうと約束しました。と、その時です。私らは、はっと大きく眼をつっぱりました。にわかに地の底から生暖い風が霧をまきあげ、たつまきになって谷中を走りぬけ、森の木の葉をふきちぎり、あたり一面は木の葉でみちて、眼もあけていられぬほど。まさにその時その瞬間、眼をこすってこじあけ見渡しますと、いたのであります。この女が。つっ立っていたんであります。死体がむきだしにされているのをみて、巣に雛がおらんのに気づいて鳴きわめく親鳥のようにはげしくなきはじめるんであります。それから又、砂をあつめて、鉄のつぼから三度死体にふりかける。それっとおそいかかってとりおさえましたが、この女、ちっともうろたえる様子がない。この私めが、今度のことや、前のしわざのことを問いつめますと、何ひとつ、打ち消さないどころか、おだやかな、哀しげな様子で、私の前につったっていたんであります。

クレオン.......お前は自分のしたことを認めるのか、それとも否定するのか?

アンティゴネ.......したことを認めます、否定はしません。

クレオン.......ではもうひとつ答えろ、だが手短かにだ。他ならぬこの死人に関して、国中にでているおふれを、お前は知っておるか?

アンティゴネ.......知っていました。知らぬ筈がない。はっきりしたおふれでしたから。

クレオン.......では承知の上でわしの掟を破ったのだな?

アンティゴネ.......あなたの掟とは申せ、死すべき人問のつくった掟、さすれば死すべき人問が破ってもよい掟。私はあなたよりちょっとだけ冥土に近い。でも、たとえ寿命より早く死のうとも、そうなるはずだけど、その方が得とさえ申せましょう。私のように生きて災い多き人間は、死んだら少しはましなのではないかしら?それに、同じ母から生まれた兄弟のなきがらが、墓もなく、野ざらしにされていたら、私にはとても耐えられない。でも、もう私には、何の憂いもないのです。埋められもせず、食いちざられたなきがらをみたくないとおっしやる神々を恐れて、地上のあなたをこんなにも恐れない私が、あなたには愚かにみえようとも。さあ、この地上の愚か者よ、私を裁くなら裁くがいい。

長老たち.......はげしい父の性をこの娘もそのままうけついでおる。不幸に自分から折れるという術を学ばなかったのだ。

クレオン.......いいや、どんなにかたい鋼でも、どんなにしぶといがんこさでも、火に焼かれればくずれるものだ、毎日みておることではないか。だが、こいつは定められた掟をふみにじることをよろこびにしておる。無礼なのはそれだけではない。こやつは、自分のしたことを得意がり、ざまあみろと笑いとばしておる。罪をおかしてつかまったくせにそれを立派だなどとぬかす、俺はそれが憎いのだ。だが、こやつは血縁のわしを侮辱しおったが、わしは血縁なればこそ、すぐには罰せぬつもりだ。だから、お前に聞こう。お前は、ひそかに、人知れずやったのだが、ことは明るみにでてしまった。だから後悔していると一言言って、重い罪科をのがれるつもりはないか?

アンティゴネは黙っている

クレオン.......さあ、言え、どうして意地をはるのだ。

アンティゴネ.......あなたに、お手本を示すためです。

クレオン.......つまりそれは、お前がわしの意のままだというお手本だな。

アンティゴネ.......私をとらえたとて、殺す以上のことができますか?

クレオン.......いやそれだけだ、だがそれはできる、それで十分だ。

アンティゴネ.......じゃあ、何を待っているのです。あなたの言葉は、どれひとつとして私の気にはいらない。これからだってそうです。だからどのみち、この私もあなたには許しがたい存在。他の人たちには、私のしたことが気に入ってもらえようけれど。

クレオン.......お前と同じ考えのものが、他にもいると思っておるのか。

アンティゴネ.......この人たちも同じ考えです。だからやはりうろたえているのです。

クレオン.......聞いてもみないで、勝手に解釈して、はずかしいと思わぬか。

アンティゴネ.......でも、同じ血を分けた者をうやまうのは、人の道でしょう。

クレオン.......同じ血を分けたものならもう一人、祖国のために身を捧げた者もおるぞ。

アンティゴネ.......そう血を分けた、同じ一族の兄弟同仕。

クレオン.......お前には、自分の生命を惜しんだ男も、もう一人の男と回じなのか?

アンティゴネ.......その人は、あなたの下僕ではなかっただけのこと。それに何よりも、私にとっては兄なのです。

クレオン.......なるほど、お前にとっては、不敬の徒も愛国の士も同じなのか。

アンティゴネ.......祖国のために死ぬのとあなたのために死ぬのとは連うのでは?

クレオン.......じゃあ、いまやっているのは、戦争ではないのか?

アンティゴネ.......いいえ、戦争です。あなたの戦争なんです。

クレオン.......それが国のためではないか?

アンティゴネ.......国の為とはいっても他の国を手に入れる為、あなたは自分の国で、私の兄たちを支配するだけでは満足しなかった。木立の下で不安なくくらせば、テーバイは心地よい国、なのにあなたは遠いアルゴスまで兄たちを引っばって行かねば、気がすまなかった、そこでも兄たちを意のままにしようとした。そして一人の兄を平和なアルゴスの民の虐殺者にし、それに驚いたもう一人の兄を、見せしめに、やつざきにして、死体を野ざらしにしてしまった。

クレオン.......いいか、お前たち、何も言うな、命が惜しければ、この女に同調してはならんぞ。

アンティゴネ.......でも私は、あなた方に訴えます。苦境にいる私を助けて下さい。それがあなた方のためでもあるのです。権力を迫い求める者は、塩水を飲むのと同じ、やめられないのです。ますます飲みつづけずにはいられない。昨日は兄、今日は私。

クレオン.......聞こうじゃないか、誰がこの女に手をかすんだ。

アンディゴネ (長老たちが黙っているので)そう、自分をおさえて、牡蠣みたいに黙りこんでいる。それが報われればいいけどね!

クレオン.......とうとう本音をはきおった。この女、テーバイの国を分裂させようとしてやがる。

アンティゴネ.......統一を叶ぶあなた自身が、争いを糧に生きている。

クレオン.......そうだ、わしはまず何より、この国で闘う。アルゴスの闘いは二の次だ。

アンティゴネ.......なるほど、そうでしょうとも、よその国に暴力をふるう時は、自分の目にも暴力をふるわねばならないもの。

クレオン.......どうやら俺を、このお方は禿鷹のえじきにしたいらしい。だがそれにしても、テーバイが分裂して異国の支配のえじきになってもかまわぬというのか?

アンティゴネ.......あんたたち支配者というものはいつも脅しをかけるもの、国が分裂すればほろびるぞ、見知らぬ他人のえじきになるぞと。すると私らは、頭をたれてあんた方にいけにえを引きずって行く。おかげで祖国は弱りはてる。他人のえじきになってしまう。

クレオン.......わしがこの国を他国の餌食になげだしているとでもいうのか。

アンティゴネ.......あなたに頭をたれることですでに、他人の餌食になっているのです。頭をたれた人間には、我が身に降りかかるものが見えはしない。見えるのは大地だけ、そして、ああ、その大地にのみこまれてしまうばかり。

クレオン.......大地を、この故郷を侮辱するのか。みさげはてたやつめ!

アンティゴネ.......違います。大地は憂いのもと。故郷とは、大地だけではない。家だけでもない。ただ汗水を流した場所、なすすべもなく燃えるにまかせる家、頭をたれるだけの場所、そんな所を故郷とはよべない。

クレオン.......はっきりとそう言うのだな。故郷を守る気はないんだな。それならこの故郷はもはやお前を認めはしない。面汚しのごみであるお前は見捨てられるのだ。

アンティゴネ.......一体、誰が見捨てると言うのですか?私を見捨てると言う人も、あなたが支配者になってから減る一方。これからもますます減るでしょう。どうして一人で帰って来たのです、いく時は大勢つれていったのに。

クレオン.......出しゃばったことを申すでない。

アンティゴネ.......男の人、若い人達はどこにいます。もう帰ってこないのではないか。

クレオン.......たわけたことを言うな。彼等を残してきたのは、最後の一撃で戦さに結着をつけるため。誰もが知っていることだ。

アンティゴネ.......あなたのために、最後の犯行をおかして恐怖におとしいれるためにね。とどのつまり、誰の子かみわけもつかぬほどひきちざられて、獣のように殺されると言うのに。

クレオン.......死者を冒涜する気か?

アンティゴネ.......ばかばかしい!話をする気にもならない。

長老たち.......不幸な女だ。彼女の言葉をいちいちまともにお聞きなさるな。

クレオン.......いつわしが勝利のために犠牲者を隠蔽したというのだ。

長老たち.......怒り狂った娘よ。自分の悲しみにこだわって、テーバイのすばらしい勝利まで忘れてしまわぬがいい。

クレオン.......こ奴はテーバイの国民がアルゴスの家に住むのに反対なのだ。そのくらいならテーバイがふみにじられ、敗北した方がいいというのだ。

アンティゴネ.......あなたと敵の家に住むよりも、自分の国の廃虚に座っていた方がまし。それにその方が安全。

クレオン.......とうとう自状しおったな、お前らも聞いたろう。この無法者はどんな掟でも破るのだ。二度と帰ってくるなと言われて、これ以上長居は無用と、厚かましくも、他人のベッドを壊し、その革ひもで荷物をまとめる居候のようなやつだ。

アンティゴネ.......でも私がまとめたのは自分の物だけ、それすら、こっそり盗まなくてはならなかった。

クレオン.......お前はいつも自分の鼻先しかみないのだ、神の秩序である国家の秩序はないがしろにして。

アンティゴネ.......あるいは神の秩序かもしれない。でも私はそれが、人間らしい秩序であってほしかった。メノイケウスの子、クレオンよ。

クレオン.......もういい、下がれ!お前はこの世でもあの世でも敵なのだ。あの世でものけ者の、切り刻まれたあの男同様忘れ去られるがいい。

アンティゴネ.......誰にわかりましょう、あの世の習慣は、ここと違っているかも知れない。

クレオン.......いいや、敵は死んでも決して味方にはならぬのだ。

アンティゴネ.......いいえ、なるのです。私の存在は愛のため、憎しみのためではない。

クレオン.......じゃ、あの世へいけ、愛したいなら、あの世で愛せ。この世にはお前のようなものは、長く生かしてはおけん。

イスメネ登場

長考たち 今度はイスメネが館からやってくる、平和を愛するやさしい娘、だが苦痛にやつれた顔を涙でぬらして

クレナン ああ!お前もか!お前もこの館にいたのだな!俺は二匹の怪物を、姉妹の蛇を養い育ててきたわけだ。さあ、ここにきて白状しろ。お前も墓をつくるのを手伝ったと、それともお前には罪はないというのか?

イスメネ.......私も下手人です、お姉さんも認めてくれるはずです。私も共犯者です、共に罪を背負います。

アンティゴネ.......お姉さんはそんなことは許さないでしょう。彼女はことを望まず、私も人の手はかりなかった。

クレオン.......話は二人でつけるんだな!わしはつまらぬことにつまらぬ口だしはせぬ。

イスメネ.......私は姉さんの不幸を恥じてはおりません。だから私を道づれにしてくれるよう、姉さんに頼むのです。

アンティゴネ.......常に変らぬ志を貫いて死んだ人たちの名にかけて、言うのです。私は口さきだけの愛はきらいです。

イスメネ.......お姉さま、誰もが大それたことができるほど強くはないのです。けど、そんな女でも死ぬことぐらいはできましょう。

アンティゴネ.......わけもないのに死ぬことはない。手も汚さないで、自分のことにしないで!死ぬのは私だけでたくさん。

イスメネ.......お姉さんは厳しすぎます。私は、あなたを愛しているのです。お姉さんがいなくなったら私は何を愛したらいいの。

アンティゴネ.......クレオンを愛したらいい。この男のために残りなさい。私はあなた方とはお別れです。

イスメネ.......私をからかうのがお姉さまには楽しいのね。

アンティゴネ.......それはおそらく苦しみでもある、自分で自分の苦しみのグラスを満たしたがっているのかもしれない。

イスメネ.......私の言ったこともその苦しみの中に入るのね。

アンティゴネ.......でもうれしかったわ、だけどね。私はもうきめたのです。

イスメネ.......私があの時従わなかったから、今、相手にしてくれないのね、そうね。

アンティゴネ.......勇気をおだしなさい、生きるのです。私の魂はもう死んでいるの、だから死んだ人にだけお仕えするの、わかって。

クレオン.......聞いたか?この女ども、一人はとっくの昔からばかだが、もう一人も今、又、ばかになるという。

イスメネ.......私は、この人なしでは生きてはいけないのです。

クレオン.......こいつのことはもうおわったのだ。死んだも同然だ。イスメネ.......でも、あなたの息子の許婚でもあるのですよ。その人を殺すのですか?

クレオン.......耕す畠はいくらでもあるさ。さあ、死を迎える準備をしろ。死刑の時刻を教えてやろうか。テーバイがバッカスの舞いをまい、酔いしれて、俺の所にくるときだ。この女どもをつれていけ。

番兵がアンティゴネとイスメネを館の中へつれていく、クレオンは護衛の者に剣をわたすように命じる

長老の一人(剣を受けとりながら)......勝利の舞いに加わられても、やたらと緑の大地はけとばしなさるな、だが、あなたを怒らせた奴らにも、あなたのカをみせしめてやりましょう。

別の長老(バッカスの杖をクレオンにわたしながら)......しかしそいつらも姿を見矢なうほど、余りに深くまでは投げ落しなさいますな、地の底までもなげとばされると、裸にされた人間たちは、なぐさめを見出して横たわることになりましょうぞ。恥はすっかり忘れはて、驚きにめざめ、恐ろしい姿であなたに反抗しましょうぞ。人間であることを奪われた者は、かっての姿を思いだし、新しい人間として、又、立ちあがってくるものです。

長老たち.......燃えつきた家の中に、ラケミスの兄弟たちはじっと耐えて坐っていた、かびはえた姿でコケを生命の糧として冬になると冷たい氷雨がふりそそぐ、その妻たちは、夜は敵の手の中にゆだねられ、高貴な衣裳をまとったままでこっそり昼の間だけあらわれた、彼らの頭上には常に断崖が重くのしかかっていた、だが、ペレアスがやってきて、杖で彼らを払いのけた時、ほんの軽くさわっただけなのに、二人は立ち上って敵をすべてたたきのめしてしまったのだ

二人にはそれが一番許せないことだったからだ、不幸のしめくくりは、しばしば、ごくささいなことでけりがついてしまう、うちのめされた者が、時なき世界に横たわるような、苦痛のさなかの暗黒の眠りにも終りがあるもの、時には早く時には遅く、月は満ち欠けていく、その間にも災いの種は育っていき、ついにオイディブス家の星のめぐりがその一族の最後の者に災いの光をむけたのだが

偉大なものは自ら滅びることはない、だがいろいろな目にあってたおされるもの、海を渡るトラキアの荒ぶる風のもと、海の闇が館をふきとばすように、ざわめく暗い岸辺を、館はもんどりうってころげまわる、そして岸辺も岬きをあげてどよめきわたるのだ

あなたの末の息子、ハイモン殿がみえられた。許婚のアンティゴネが死刑だと聞いて嘆いておられる。間近であった婚礼もだめになりひどいやつれようじゃ。

ハイモン登場

クレオン.......噂を聞いてきたのだな、せがれよ、お前が、支配者たるわしの所に来たのではなく、あの女のために、父たるわしの所にきたのならむだというものだな。多くの者の血の犠牲のおかげでうまくいっていた戦さから帰ってみると、ただ一人、俺に逆らう女がいた。我が一族の勝利にけちをつけ、ひたすら自分のことしか考えぬ、しかもよからぬことをたくらんでおる。

ハイモン.......それでもあえてその件で私はやって来ました。父上、あなたが生んだ息子の心からの言葉を、どうか悪意におとり下さいませぬよう、たとえそれが支配者たるあなたに、悪い噂を伝えるものであっても。

クレオン.......恥知らずの子供をもったら、我が身には災難、敵には物笑いの種。辛いものを食べたら口がただれるぞ。口をただれさせようとでも思っておるのか?

ハイモン.......あなたは多くの者を治めるお方、もしあなたが、いつもよろこんで、人のいうことをおききになれば、むだな苦労はしないですみます。舵をとるのをやめた船乗りのように帆をたたんで、進むにまかせるがいい!あなたの名は国民に恐れられております。それ故、たとえ大変なことがおこっても、あなたのお耳に入る時には、せいぜい小さなことばかり。でも血が繋がっているというのは有難いもの、損得なんぞ考えないからです。多少の罪も見逃してもらえる。一時は腹を立ててもそのうち和んでしまう。だから往々にして、血筋のものから真実を聞くことができるのです。言うまでもなく、兄のメガレウスはそれをあなたにいうことはできない、アルゴスで闘って、帰ってきてはいないのですから。しかも、彼は恐れを知らぬ人。だから、私が申し上げなくてはならない。聞いて下さい、口には出しませんが、国中には不満がみちみちています。

クレオン.......お前こそ、聞くがいい、身内の乱れは敵を養うにひとしい。ふらふら腰で、身のほど知らず、自分というものをも持たぬ者、あるいはてんでんばらばらに、税が重いとか、兵役がいやだとか不平をぬかす輩、そんな奴らは俺がひっとらえて槍で引き裂いてやる。だが、支配者一族のどこかにすきまができて、支配が乱れ、よろめき、ぐらつきだしたら最後、小さな小石も大きくなって、ついにはわが身を見捨てたこの家全体を押しつぶすのだ、さあ、言ってみろ。わしが生んで、わが軍が誇る槍隊の隊長にしてやった、そのわが息子のいうことなら聞こうじゃないか。

ハイモン.......何事にもそれなりの真実はあるものです。でも舌は、かたい鉄敷でかたく鍛えよと言うではないですか。あの女は兄のなきがらをむごたらしい犬どもの餌食にしたくなかったのです。だから国中の者もあの男の罪は責めても、その点に関しては彼女の味方なのです。

クレオン.......そんないい方をしても俺は動じんぞ、それこそ弱気というものだ。腐ったものは切り捨てるだけでなく街なかにさらさなくてはならん。他の腐った者どもが、腐った者は切りすてられるということを忘れぬようにな。わしの手は確実だということを見せてやるのだ。だが事情にうといお前は、何も知らずに忠告しおる。不安にかられて周りを見まわし、他人の考えをきいて、そいつらのいう通りに。もし統治者が、ちっぽけな臆病な耳でしかなかったら、たくさんの国民どもを、ひとつにまとめあげて、むつかしい仕事に赴かせることができるとでも本気で思っているのか?

長老たち.......だが怖ろしい罰を考えだすのも、むだな力を食うものです。

クレオン.......地面を耕すには鋤をふるうだけの力がいるものだ。

長老たち.......でもおだやかな政治体制は争わずとも大きな収獲をあげるもの。

クレオン.......政治体制にはいろいろある。だが、治めるのはだれだ?

ハイモン.......たとえ私があなたの息子でないとしても、あなたですと答えましょう。

クレオン.......わしが支配者だというのなら、わしのやり方でやらねばならぬ。

ハイモン.......あなたのやり方でおやりなさい、だが正しいやり方でやって下さい。

クレオン.......未熟者のお前に何が正しいかわかるのか。だが、たとえわしが何をしようとお前はわしの味方なのだろうな?

ハイモン.......私があなたの味方になれるように振舞ってほしいのです。しかし自分だけが正しいなどとおっしやらないでほしい。自分が、他人とは別の考え、別の言葉、別の心をもっていると思っている人間は中味はからっぽなものです。賢い人に出会ったら、その人から多くのことを学んでやりすぎないようにすることは、決して恥ではありません、大雨のあとの濁流に洗われる木は流れにまかせて若い技を守ります。だがあえて流れにさからえば、すぐ、根こそぎにされます。荷物を山ほど積んだ船は帆を精一杯はって、がむしゃらにつき進めば、舳の方からひっくり返って、ついには難破してしまいます。

長老たち.......道理がある時にはそれに従って、考えをお変え下され。我らが人間としてためらう時は、その気持をくみとって下され。そして、我らと共にためらい下され。

クレオン.......馭者を馬に導かせろというのか、お前はわしにそうしろと言うのかね。

ハイモン.......屠殺場から腐肉のにおいが流れてくれば、どこへつれていかれるかと馬だってためらいます。それを無理に鞭打てぱ棒だちになるやもしれません。馬車、馭者もろとも断崖にとびこんでしまうでしょう。お聞きなさい。この国は、平和になったらいま以上にどんな脅迫をうけるかと疑惑におぼれ、戦さのさなかにもう狂っているのです。

クレオン.......この国にはもう戦争はないのだ。御忠告はありがたいが。

ハイモン.......そう、あなたはみんなで祝う勝利の祝いをととのえながら一方ではこの館の、あなたの怒りにふれた者は残らず残酷に片づけようとしておられる、そんな疑念をしばしば私はうちあけられたのです。

クレオン.......誰からだ、教えてやればほうびをやろう。疑わしげな俺への疑念とやらをしやべりまくる奴らの代弁者となるよりも、もっとりっぱなほうびをやろう。

ハイモン.......そんな奴らのことは忘れておしまいなさい。

長老たち.......秀れた支配者の持つ美徳のうちで、一番ためになる美徳は忘れることだといいます。すんだことはそのままにしておおきなさい。

クレオン.......わしは年をとり過ぎているから、忘れることはむつかしい、だがお前ならわしがたのんだらあの女のことを忘れられるのではないか。あの女のためにお前は我が身を危険にさらしておるのだ。そのせいで俺に悪意をもつ者どもがささやくのだ、こいつはあの女の味方らしいと。

ハイモン.......私は正しいことに味方するのです。

クレオン.......穴があればな。

ハイモン.......何と言われましても、父上のためにこそ、心配せずにはいられないのです。

クレオン.......何と言われましても私のベッドを心配せずにはいられないのです、か。

ハイモン.......ばか者とどなりたい所だ、あなたが父上でなかったら。

クレオン.......それこそ厚かましいといいたい所だ、お前があの女の下僕でなかったら。

ハイモン.......あなたの下僕でいるくらいなら、あの女の下僕でいた方がいい。

クレオン.......とうとう本音をはきおったな、もう取返しはつかんぞ。

ハイモン.......取り消す気などない。あなたこそ勝手なことを言って、何もきこうとしないのだ。

クレオン.......もういい、とっとと消えうせろ。疑心暗鬼の中で、臆病者は我と我が命の心配でもしろ。この小僧っ子をつれていけ、今すぐだ。

ハイモン.......私の方で出ていきます。あなたが真直ぐに立っている者を見ないですむように。ぶるぶる震えないですむように。

ハイモン退場

長老たち.......王様、怒って出ていかれたが、あれはあなたの末の息子なのですよ。

クレオン.......たとえ息子でも、あの女たちを死から救うことはできないのだ。

長老たち.......ではあなたは、二人とも殺してしまうおつもりか。

クレオン.......いや、手をださなかった女は殺すまい。お前らのいう通り。

長老たち.......では、もう一人の女はどうなさる?どうやって殺そうと考えておられるのか。

クレオン.......あの女を街の外へひきずりだそう。バッカスの舞いがわが国民の足をはずませる時。だが、あの罪人は、人里はなれた岩穴に生きながらとじこめておけ。ただし、死人に供えるきびと酒だけは与えてやろう。埋葬されたようにみせかけるのだ。これがわしの命令だ。こうすれば、わしの国にさほど、けがれの及ぶこともあるまい。

クレオン、町の方に去る

長老たち.......暗雲が襲うがごとく、ついに我らにその時来たり。オイディプスの娘が、囚われて、遠くにバッカスの祭を間きながら、最期の道をいく時が。

ああ、今バッカスが、仲間どもをよび集める。常に快楽を渇望する我が国民は、悲嘆にやつれながらも嬉しげにバッカスの神に応じる。勝利とは偉大なものだ。バッカスが悩めるテーバイに近ずいて忘却の酒ふるまえぱ、逆らうことなどできはせぬ。縫いしつらえた息子たちの喪服をも投げ棄てて、テーバイはただただ、バッカスの快楽の狂宴にひた走る。決楽のあとの心地よい皮れを求めて

艮老たちバッカスの杖をとりだす。

肉体に宿る快楽のその神髄のバッカスよ、戦争のさなかでさえも、己れを貰くバッカスよ、快楽を求めてやまぬその神は、血筋のことさえ忘れさす、滅ぶを知らぬバッカスよ、肉欲に溺れる者は、正気を知らず、バッカスに、とらえられれば、たけりたつ、くびきの下でもうごめきつづけ、その快楽によいしれる、塩とる穴の悪い空気も、暗い海での粗末な船も、何ひとつとて恐いものなし、いろんな肌をごったまぜ、すべてを一緒にこねくりまわす、だが、バッカスは大地をば、暴カの手でけがしはしない、おだやかに人と人とをむすぶのだ、美しい神バッカスは、闘わず、そのカをば示すのだ

アンティゴネ、番兵に伴われて登場、後に侍女たちが、つき従っている

長老たち.......だが、今は私自身の調子も乱れてしまう。あれ出る涙もおさえかねる。ついにアンティゴネ、供物を受ける時来たる。死者に捧げる、きびとぶどう酒の供物をば。

アンティゴネ.......祖国の市民たちよ、みておくれ、冥路へ向かうこの姿を。この陽の光もこれが見納め、二度とふたたび相まみえることもないだろう。すべての者にいつかは眠りを与える死の神が、生身の私を地獄の河アケロンの岸辺へと連れていく。婚礼の時もなく、花嫁の祝いの歌をきくこともなく私は冥路へととついでいく。

長老たち.......ただお前は、人に知られ、たたえられて、その死者の部屋へと向うのだ。病いにうたれたわけでもなく、鉄の剣のほうびをもらったわけでもない。ただ自らのぞんで生きながら黄泉の国へとおりていくのだ。

アンティゴネ.......ああ、私をからかおうとなさるのか。まだ死んではいない、陽の光をあびているこの私を。祖国よ、ああ、私の祖国のあなた方豊かな人たちよ!だが、だが、いつか証人にならねばならぬはず、いとおしんで泣いてくれる者もなく、どんな掟に従って、岩穴へ、とほうもない墓場へと、向わなくてはならなかったか。死すべき人とも、すでに姿をなくした人たちとも、生とも死とも仲間になれない私なのです。

長老たち.......権力は、幅をきかせている所では、決して譲ることをしないものだ。はげしい性がこの女を破滅させたのだ。

アンティゴネ.......ああ、父よ、ああ、不幸な母よ、あわれな私はあなた方から生まれそして今、呪われて、結婚もせずあなた方の所へ向うのです。ああ、兄よ、幸せに生きようとして殺された!そのあなた方が、辛うじて生きのびていた私をも、冥路へとひきずりおろすのです。

長老の一人(きびの入った皿をアンティゴネの前にさし出して).......だが、あのダナエの肉体も、太腸の光の代りに青銅の牢屋でがまんせねばならなかった。暗闇に身を横たえて。あの女は高貴な家の生まれであったのに。そして時の神ゼウスのために時の刻みを数えていたのだ、黄金の時を。

アンティゴネ.......そして又、プリュギアのタンタロスの娘ニオベは、シュピロスの山の頂きで、悲嘆のうちに死んだという。ひからびて、きずたのつるが絡むように、だんだんと石に化していったという。彼女のそばには、いつも冬がつきそって、まつげの下の雪の涙で彼女のうなじを洗ったと。ちょうどその女のように、私は岩穴の臥床へとはこばれていく。

別の長老(ぶどう酒の人ったつぼをさしだしながら).......だが、聖者とあがめられるその女は聖なる一族の方、わたしらは地上で生まれた人間なのだ。なるほど、お前はあの世へいく。しかし立派に死んでいく。神のいけにえにもたとえられよう。

アンティゴネ.......あなたたちはため息をついて、もう私を見棄てている。はてしない青空に眼をそらし、私を見ようともなさらない。私は聖なるものを聖なる形で求めただけなのに。

長老たち.......ドリュアスの息子も又、ディオニソスの不正をはげしくののしり、とらえられて、岩の牢獄にとじこめられた。ののしりの報いに気を狂わされ、神の力を思い知ったのだ。

アンティゴネ.......あなた方も不正をののしることばを集めて、私の涙なんかふきとばし、不正なものにぶっつけてくれたら、どんなにいいか。あなた方は目先のことしかみていない。

長老たち.......二つの潮の合するあたり、白い石灰岩の丘のほとり、町はずれのボスポロスの岸辺で、戦さの神は見届けたのだ。ピーネウスの二人の息子が、余りによく眼がみえすぎたために、その気高い眼を槍でつきさされ、勇気ある瞳がくらやみでとざされていくのを。ああ、運命の力のおそろしき、富も戦さの神もどんな砦も、運命の力を免れることはできぬのだ。

アンティゴネ.......お願いです。運命などといわないで。運命のことなら明らかです。無実の私を処刑するあの男のことをお話しなさい。運命ということばは、あの男にこそ、むすびつけなさい!不幸な方たちよ。自分たちは無事だなどと考えぬがいい、もっと多くのなきがらが、切りきざまれ、葬いもされず、山となってほおり出されることでしょう。クレオンのために、いくつもの国々を侵略するお前たち、いくつかの闘いに、どれほど勝利をおさめようと、最後の戦さがお前たちをのみこむのです。獲物をほしがるあなた方でも帰ってくるのは、獲物で一杯の車ではなく空っぽの車だけでしょう。私の眼は土にうめられてしまうけれど、生きのびてそれを見るであろうあなた方のために、私は泣いてあげましょう!愛する祖国、テーバイよ、テーバイをとりまくディルケーの泉よ。ああ、車がいきかうテーバイの丘よ!お前のゆく末を思うと、のどもしめつけられてしまいそう。でもテーバイ、お前が人間らしくなくなるくらいなら泥にまみれて威びるがいい。誰かがアンティゴネのことをたずねたら墓場に逃げるのをみたと伝えて下さい。

アンティゴネ、番兵や侍女たちと共に退場

長老たち.......あの娘は背を向けて大股に歩いていった。まるで自分が、番兵たちをひきつれるように。勝利をたたえる鉄の柱のそそりたつあの広場をこえて。そこでますます足をはやめ姿を消した。

だがあの娘もかっては奴隷たちが焼いたパンを食べていたはず、不幸を隠す砦のかげでぬくぬくゆったり座っていたはず、ラプダコス家の一族から、人を殺しにでかけた戦争が人を殺しに帰ってくるまでは、血まみれの手が、戦争を身内のものにもさしだした、しかし身内は受けとらず、それを相手の手からうぱいとる、怒りに燃えてあの娘、誠の世界に身をなげる、つまりはやっとあの娘、外の世界に身をおいた、冷たさが、あの娘の眼をば聞かせた、最後の忍耐が費され、最後の悪業を数え切ったそのあとで、めくらであったオイディプスのその娘、ついに己れの眼からも、ぼろぼろの眼かくしをばとりはずし、深淵の底をのぞきみた、だが、テーバイの民は相変らず眼かくしをはめたまま、かかとをあげて、よろめきながら、勝利の酒に酔いしれる、暗闇の中で何やらいろいろ混ぜられた、そんな酒をば飲みほして、歓び叫ぶ

盲目の予見者、テイレシアスがやってくる、つのりゆくいさかいと、下々の間でわきかえる謀叛の噂に、かりたてられてやってきたのだろう。

テイレシアスが男の子に手をひかれて登場、その後からクレオンがついてくる

テイレシアス.......坊や、騒ぎなんぞに気をとられずに、ゆっくり、しっかり歩くんだ、お前はわしの案内役だからな。案内役というものは、パッカスについていってはいけないぞ、地面から足を高くもちあげすざたら、ひっくり返ってしまうんだ、勝利の柱もぶつかって倒してしまわぬようにな。国中の者が、勝利勝利とさけびたて、国はおろか者でいっぱいじや。めくらは目あきの後についていくが、そのめくらの後に、だがもっと眼のみえん奴がついてくる。

クレオン(彼をからかいながら後からついてきている).......どうしたのだ、不平屋め、戦争のことで何をぶつぶつほざいておる?

テイレシアス.......こういうことじや、愚か者め、まだ勝利も決まらぬに、お前が踊り狂っているからじや。

クレオン.......頑固じじいめ。ないものはみえても、まわりにそびえる勝利の柱はみえないとくる。

テイレシアス.......そう、みえないとくる、わしの理性はだまされんのでな。だからこそまいったのじや、皆の衆、脂ぎったあの月桂樹の葉っぱとやらも、わしにはわからんのじや。乾ききって、かさかさと音をたてるか、かんでみて、にがい味がしてはじめてそれが月桂樹だとわかる次第。

クレオン.......お前はお祭がきらいなのだ、さあ、さっさと、そのおそろしい予言とやらを並べるがいい。

テイレシアス.......おそろしいものをみましたのじや、さあお聞きなされ、早すぎる勝利の酒に酔いしれてどよめくバッカスの狂乱につんぼになったテーバイの国に鳥占いが告げることを。わしはいつもの鳥占いの椅子に座っておった。そこはあらゆる鳥が集まって来る所なのじや。とその時、空におそろしい騒ぎを聞いた。鳥どもが、荒れ狂い、爪でひっかきあい、はばたきながら殺しあうのを。胸さわぎがしてわしは急いで祭壇に火をともし、たしかめてみたのじや。だがその火のどこにもよい兆しはみえぬ、ただ脂くさい煙だけが輪をえがいてたちのぼり、いけにえの獣の腿肉が脂身からはがれてのぞいてみえる。

長老たち.......勝利の祝いの日に何たる不吉なしるし、喜びを食いつくす。

テイレシアス.......これこそはゆえなき乱痴気掻ぎへの死の宣告か、クレオンよ、この国を腐らせたのはあなたじや。祭壇も供物所もけがれておるのじゃ、あの、無惨に死んだオイディプスの息子を食いあきた犬や鳥どもで。だからして鳥どもはもはやよいしらせを鳴いてはくれぬ、死人の脂身を喰ろうたからじや、神々は、そんな勾いはおきらいじや。死者には道をゆずりゆくべき所にゆかせるがよい!

クレオン.......じじいめ、お前の鳥はお前に都合よく飛ぶのだ。わしにはわかっておる、わしに都合よくとんだことだってあるんだからな。わしとて商売というもの、占い嫁業というものを知らんわけではない。けちではないのでな。そうやって、サルディスの琥珀なりインドの黄金なり嫁ぐがよい。だがいっておくが、わしはあの臆病者の葬いなどさせぬぞ、ゼウスの不気嫌なんぞ糞くらえだ。神々を動かせる人間なんぞいないのだ、わしにはわかっておる。なあ、ご老人よ、人の世にはたとえ偉い奴でも、欲得づくでくだらんことをまことしやかにほざいて、くだらん死をむかえた奴もおるのだぞ。

テイレシアス.......ちっぽけな時間のために嘘をつくには、わしはもう年をとりすぎておる。

クレオン.......どんな年寄とて生命は惜しいものだ。

テイレシアス.......そんなことはわかっておる。だがわかっておることは他にもある。

長老たち.......いうがいい、テイレシアスよ、王よ、この予見者に語らせなさい。

クレオン.......言いたいだけいうがいい、だが、妙なかけひきはするなよ、予見者という奴は金が好きだからな。

テイレシアス.......その金をさしだすのが暴君だそうじや。

クレオン.......めくらは、まず金をかんでみる、そしてやっと金だとわかるのだ。

テイレシアス.......いや金などくれんでくだされ、戦さのさなかには何が自分のもち物やらわかりはせぬ、金だろうが息子だろうが権カだろうが。

クレオン.......戦さはおわった。

テイレシアス.......終ったかな?いやはやあなたにたずねてしもうた。おおせのとおり、私らごときはものを知らぬから、たずねてみるより仕方がないのじゃ、いかにも未来のことはみえんのでな、過去と現在をしっかとみつめねばならん、そいつが、予見者たるわたしのやり方、わしには、この子のみえることしか見えんのでな。たとえば勝利の柱の鉄が薄いと聞けば槍をまだつくっておるからじゃろうとわしはいう。兵隊さんのために毛皮の服を縫っているよと聞けば秋がくるからじゃろうと言う。魚の干物をつくっているよといえば、それは冬の糧食だろうよという。

長老たち.......それはみな、戦さに勝つまでの話で、もう終ったことだと思っていたが。今にアルゴスから鉱や魚と共に獲物がどっさりくるのだと。

テイレシアス.......番兵は山ほどおるのに、見張るべきものが多いか少ないか、誰にもわからん。だが、あんたの一族には大きないさかいがある、これは確かじや。いつものように商売がうまくいこうとも、すべてを忘れられはせんはず。聞くところによると、お前の息子ハイモンは、お前に傷つけられて、出ていったそうじゃ、お前が彼の許婚のアンティゴネを岩穴になげこんだからじゃ、兄ポリュネイケスを葬おうとしたかどで。それが何故かというにお前がポリュネイケスをうち殺し墓もなく放りだしたからじゃ、彼がお前に刃向かった時に。そしてポリュネイケスが刃向った理由は、お前の戦争が兄のエテオクレスを殺したからじゃ。だからこそわしにはよくわかるのじゃ、残忍なお前が残認な所業の中にまきこまれてゆくのが。わしは金などに迷いはせぬゆえ、もうひとつたずねておこう。メノイケウスの子、クレオンよ、お前は何故に残忍なのか?答えやすくしてしんぜよう、お前は戦さに鉱が足りないからか?何とばかげたまちがったことをはじめられたのじゃ、しかもそれを続けていかねばならぬとは。

クレオン.......ニ枚舌のごろつきめ!

テイレシアス.......舌ったらずよりはましじゃろうて。これで答をふたつもろうたわけじゃ、つまり、答はないという答をな。あんたのない答とない答をむすびつけて、こう言おうか。政治の乱れは偉大な人物をよび求めるが、偉大な人物などおりゃせん、戦さは自分でしかければ、自分の足を折るばかり、略奪は略奪を生み、残酷は残酷を重ねる、欲は欲をうみ、とどのつまりはすっからかん、過去と現在をふり返ればざっとこんなとこ。あたらは未来をみて、ぞっとする。さあ坊や、連れてっておくれ。

テイレシアス、子供に手を引かれて去る

長老たち.......王よ、この髪がまだ黒かったら、途端にまっ自にかわったことでしょう、あの男、怒りにかられていやなことをいいました。だが、もっといやなことは言わなかった。

クレオン.......じゃあ、言わせてもらおう、聞かずにすんだことは、ほじくり返す必要はない。

長老たち.......メノイケウスの子、クレオン殿よ、若い連中は一体いつ、男手のないこの国に帰ってくるのですか?メノイケウスの子、クレオン殿。あなたの戦さはどうなっているのですか?

クレオン.......あ奴が悪意をもってわざと、そこに眼を向けさせおったからな。じゃあ、答えてやろう。陰険なアルゴスがしかけた戦争はまだ終ってもおらんし、うまくいってもおらぬ。わしが停戦を命じようとした時に、ほんのちょっとした手ぬかりがあった、ポリュネイケスの裏切りのおかげでな。だがその男のことも奴のために嘆いた女のことももう片がついた。

長老たち.......片がついていないことがもうひとつあります。この国であなたのために精鋭の槍隊をひきいる、あなたの末の息子ハイモンはあなたからそむいていったのですぞ。

クレオン.......あんな奴にはもう何の未練もない、くだらぬ自分のベットばかり心配しおって、わしを見捨てたあんな奴はわしらの眼の前から消してやるのだ。わしのためにはまだ息子のメガレウスがよろめくアルゴスの城壁に身を踊らせて戦っておるわ、あれこそ、功勲高いテーバイの若者だ。

長老たち.......だがそれにも限りはあります。メノイケウスの子クレオンよ、私らは、いつもあなたに従ってきた。国には秩序があった。あなたが、私らの首ねっこを、しっかりおさえていたからだ。国中の敵を、そして何ももたず戦争のおかげで暮らしているテ−バイの盗人のような民衆どもを、又、いさかいをねたに生きる大喰らいで声のでかい不平屋どもを。奴らはどっかから金をもらって、あるいは金をもらわなかったからといって、広場でごちゃごちゃしゃべくるもの。今またそういう連中が叫んでおる。そのための不都合な材料も事欠かない始末。メノイケウスの御子よ、あなたはあまりに途方もないことをはじめられたのではないか?

クレオン.......俺をアルゴスに進軍させたのは一体誰だ?鉄の槍先ひっさげて、山の鉄をとりにでかけたのもお前らの指図によるものだ。アルゴスには鉄がたくさんあるからな。

長老たち.......おかげでどうやら槍は豊かになった。しかし私らはいやな噂もたくさんきいた。あなたを信じて、噂をふりまく奴らをふり捨てたが。恐れにふるえながらも耳に栓をしてきた。あなたがたずなをギュッとひきしめると眼をとじた。もうひとふんばり、あとひといくさ必要なのだとあなたはいわれた。ところが今やあなたは、私らまでも敵扱いしはじめた。残忍にも二重の戦争をやろうとしている。

クレオン.......お前らの戦争なのだ。

長老たち.......あなたの戦争なのだ。

クレオン.......おれがアルゴスを手に入れさえすれば、又、お前たちの戦争だったということになるだろうよ!この話はもうやめだ。わかったぞ、要するにあの女、反抗的なあの女が、お前らと、あの女の言葉を聞いた奴らの心を乱したのだ。

長老たち.......妹には当然兄を葬う権利はあったのです。

クレオン.......将軍には当然裏切者をこらしめる権利がある。

長老たち.......権利、権利と権利をむきだしで通用させればわたしらには、どちらの権利も地に堕ちてしまいます。

クレオン.......戦争が新たな権利をつくりだすのだ。

長老たち.......その権利も古い権利で生きのびるのです。古い権利に何も与えなかったら、戦争は新しい権利をもくいつくすのです。

クレオン.......恩知らずめ!肉は喰らうが、料理人の血だらけの前かけはごめんというわけか!お前らには、戦争騒ぎが聞こえてこないように家を建てるアルゴスの白檀をくれてやったではないか、わしがアルゴスからもって帰った鉄の板とて、誰一人としてわしに返した者はおらん。その上にあぐらをかいておるくせに、お前らはあっちでもこっちでもこのわしを、残酷だとか不親切だとかぬかしおる、獲物がやってこない時の憤激には俺は慣れておる。

長老たち.......おい、男手なしであとどの位、テーバイに我慢させるつもりなのだ。

クレオン.......その男どもが豊かなアルゴスを倒すまでだ。

長老たち.......のろわれた人よ、呼び戻しなさい。彼らがくたばらぬうちに。

クレオン.......手ぶらでか?それでいいと本当にお前らは誓えるのか。

長老たち.......手ぶらであろうと手がなかろうと、血肉のあるものは全部呼び戻すのじや。

クレオン.......勿論だ。アルゴスはすぐおちる。そしたらすぐ呼び戻そう。わしの長男、メガレウスが連れて帰ってくる。その時には、門や戸ロが低すぎないよう気をつけろ。それが地べたをはいずる奴らに十分な高さでもな。さもなくば、あの屈強な男たちの肩がこの館の門やあそこの宝物殿の戸口にひっかかってしまうかもしれんからな、彼らはお前たちの手や腕の関節をはずしてしまうほど抱きしめるかもしれんぞ、再会の大きな喜びでな。甲冑がお前たちの不安な胸に嵐のごとくとびこんできたら、肋骨が折れぬように気をつけろよ。喜びの日には、哀しみの日よりも、もっとたくさんのむきだしの鉄を見るじやろうて。ためらいがちな勝利者は、いつも鎖の花輪を飾られて、がくがくする膝で踊ってきたものだ。

長老たち.......ひどい男だ、我らを味方で脅すつもりか?こんどは味方にわたしらを鞭打たせようというのか?

クレオン.......息子のメガレウスとよく相談の上でな。

戦場からの使者登場

使者.......王様、気をおたしかに!不幸な報せをもってきました!余りに早すぎました。勝利の祝いはやめさせて下さい!新たな戦闘で、あなたの軍隊は、アルゴスにうちのめされ逃走中なのです。御子息、メガレウスも今はなく、切り刻まれて、アルゴスの固い大地に横たわっている。あなたはポリュネイケスの逃亡を罰し、これに不満なたくさんの兵士までひっとらえ、みせしめにしばり首にした上で、ご自分は、一人でテーバイに急いでもどられた。その後、あなたのご長男はすぐさま私らに新たな前進を命じた。味方の血の海からまださめやらず陣頭指揮をとる兵たちは、まだテーバイの血でぬれている斧を、ただ疲れきってアルゴスの民にふりあげただけ。しかし、その顔は、おびただしい兵士たちの顔はメガレウスの方をふりむいていた。メガレウス殿は敵よりも恐い存在であろうとして、余りにはげしい声でみんなを駆りたてたのだと思います。それでも、はじめは我らに有利にみえました。闘いは、ますます闘争心をあおり、敵のであろうと味方のであろうと血の匂いは我らを酔わせる。勇気ではできないことも恐怖がやらせる。だが地形や武器、食料もものをいいます。王よ、アルゴスの民衆も、不屈に戦かった。女も闘い、子供も共に闘った。とっくに煮たきには使われなくなった鍋が煮え湯もろとも、もえつきた屋根の上からおちてくる。もうこの世には住む気がないかのように私らの背後では、焼け残った家々にさえ火がかけられた。家具も食器もシャベルに代り、武器に代った。それでも御子息は、我らを前へ前へとおいたてた。荒れはてて、今や墓場と化した街中へ駆りたてた。瓦礫の山が我らをばらばらにしはじめた。町中にたちこめた煙と炎の海が我らの視界をさえぎった。火をよけ、敵をさがしては味方同志がぶつかりあった。御子息が誰の手にたおれたか、それさえ誰にもわからぬ始末。テーパイの栄華は残らず消えうせました。テーバイそのものももはや長くはもちますまい。アルゴスは、今、人や戦車の総力をあげて通りという通りを押しよせてきます。それを見た私は、こうやって死んでゆけるのがうれしい。

使者死ぬ。

長老たち.......何たることだ。

クレオン.......メガレウス!わが息子よ!

長老たち.......嘆いている暇はない。さあ、軍勢をお集めなさい。

クレオン.......ないものを集めろというのか!ざるですくうようなものだ!

長老たち.......テーバイが、勝利に踊り狂っているうちに、鉛色の鉄をひっさげて、あっちからもこっちからも敵がやってくる!我らをあざむくことによって、あなたは自分の剣まで失くしたのじや。さあ、もう一人の息子のことを思い出すがいい。末の息子をよびもどしなさい!

クレオン.......そうだ、ハイモン、さいごの息子だ!そうだ!、わしの末の息子よ!さあ、この危急存亡の時に助けにきてくれ!わしが言ったことはすべて忘れてくれ、あの時はまだ、わしの力が強かったから、自分の心を押えきれなかったのだ。

長老たち.......岩穴へ急ぐのじや、早くあのポリュネイケスを埋葬した女、アンティゴネを放してやりなさい!

クレオン.......わしがあの女を墓から出してやったら、お前らはわしに味方するか?お前らは今まですべてのことを黙認してきたのだ。お前らが必要としなかったことでさえ。それがお前らをまきこんだのだぞ!

長老たち.......行きなされ

クレオン.......斧だ、斧をよこせ!

クレオン退場

長老たち.......踊りをやめろ!

長老たち(シンバルをたたきながら).......カドモスが愛した娘ゼメーレの自慢の息子であった歓びの霊バッカスよ、あなたの街をいま一度みたければ、すぐに旅だってきて下され、陽の沈まぬうちに、遅れると、この町はもうなくなるのだから

歓びの神よ、あなたはイスメノスの流れのほとり、あなたの母と信者のまち、このテーバイに住んでいた、屋根の上を美しくただよういけにえの煙も、あなたの姿をみたものだ

家々を焼く炎、炎の煙、煙の影、そんなものにさえ、もう会えぬかもしれぬ、千年もの間、テーバイの民は、はるかな海をのりこえ、その繁栄をむさぼっていたが、明日には、いや今日の日にも枕にする石さえなくすのだ

歓びの神よ、あなたの平和の時代には、あなたは恋する者たちと、コキトスの岸辺、カスタリアの森に座っていた、鍛治屋で剣にふざけたり、歓びに踊るこの街を流れる、テーバイの不滅のうたに身をゆだねもした

ああ、鉄がわれとわが身にくいこんで、腕は疲れの餌食となる、ああ、暴虐には奇跡が、寛大には多少の知恵がいるものだ

だが今は、かってはふみにじった敵どもが、我らの館をみおろして、血まみれの槍ふりかざし、七つの門をとりかこむ、我らの生血をすいとらぬかぎり、敵は決して去るまいぞ

あそこに侍女の一人がやって来る。逃げまどう人の群れをかきわけて、きっと父親に救いの軍勢の隊長を命じられたハイモンの使いであろう。

侍女の一人が使いとして登場

侍女.......おお、何と多くのものが失われたことか!最後の剣も折れてしまった!ハイモン様も亡くなられた。我と我が手で命を絶って。私はこの眼でみたのです。それ以前のいきさつは、クレオン殿のお伴の人たちから聞きました。その人たちは、ポリュネイケスの亡骸が犬に喰いちぎられて横たわっている野原に行って、ものもいわずにそのしかばねをきれいに洗い、集められる限りの若枝をあつめ、その中にその亡骸を横たえたあと、心をこめて、故郷の土で小さな塚をつくってやったという。一方、クレオン殿は他の者をつれ、私ら侍女たちのいる岩穴の基場へと急がれた。その時、侍女の一人がひとつの声をきいた、中からきこえる深い嘆きのひとつの声を。彼女は、クレオン殿に知らせようと走った。クレオンは急いだ。急いで走る彼をますます不気味にとりまく低い嘆き声。自らも哀れな嘆き声を発しながら、近づくクレオンがみたのは、岩壁からひきちざられた閂だった。クレオン殿は、まるで自分に信じさせるかのように、やっとのことで『いや、あれは我が子ハイモンの声ではない』、そうつぶやかれた。不安にみちたその声を私らはじっと聞いていた。するとその時、墓場の奥に見えたのは、首に麻紐をまきつけて、自害なされたアンティゴネの姿。そしてその足もとに身をなげだして、失なわれた花嫁の床を、二人をわかつ深淵を、父のしわざを嘆くハイモン様の姿。それを見たクレオン殿は岩穴の彼に近づきよびかける、『おお息子よ、膝を折って頼むから外へ出て来ておくれ』。だがハィモン様は何も答えず、冷たく父をじっと見すえると、剣をぬいてとびかかる。おどろいたクレオン殿は身をよけて、その切先をかわす。すると息子のハイモン様は立ったまま、何もいわずに切先をゆっくり我と我が身に失き刺した。そして声もたてずに倒れられた。屍は屍と折り伏して倒れ、二人はあの世でおずおずと、婚礼の時を迎えられた。ああ、あそこにご主人自らおいでです。

長老たち.......この国はもう終りじゃ。手綱に馴れたこの身に手綱が失せた。女たちに支えられて、あのしくじり男がやって来る。愚かな気違い沙汰の記念の品を手にもって。

ハイモンの上看を抱えてクレオン登場

クレオン.......見てくれ、これを、あいつの上着だ。剣を持って帰れるかと思うたに。あの子はうら若い身で、もう死んでしもうた。もう一戦たたかえばアルゴスをぶちのめしてしまえたものを。勇気と狂気をふるいおこして、ひたすら俺に逆らいやがった。だからもうテーバイはおしまいだ。滅びるがいい、俺と共に、破滅するがいい、共に禿鷹の餌食となるがいい、それこそ本望じゃ。

クレオン、侍女たちと共に去る

長老たち.......かくして彼は背をむけて、ラプダコス家の最後の名ごり、血にまみれた布切れだけを手に持って、崩れ落ちる町へと向った。

我らも又、あの男の後について行こう、あの世の底へと。我らを無理強いした手は打ち落されて、もはや我らを打ちのめしはしない。だがあの女、すべてを悟りはしたが、ただただ敵を助けたばかり、その敵が今や我らに攻め人ってすぐにも我らを皆殺し。なぜなら時は短く、まわりには災いばかり。だから何も考えずに生きのびたり、忍耐に忍耐を重ねたり、悪虐非道へ走ったり、年とってからやっと賢くなったり、そんな余裕は決して人間にはないのじゃ。

 

 

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